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藤崎 仁美

2022.02.21

ハタオリのあるくらし08「地域への入り方」

今回は、移住したときに、地域の暮らしを知っている人たちが近くにいてくれてよかったな、というお話です。

シェアハウスで富士吉田暮らしをスタート

振り返ってみると、知り合いもほとんどいない土地に引っ越して、よくやってこれたな、と自分でも思うことがあります。

そこで思うのは、シェアハウスに入ってよかったなぁ、ということ。

私は6年前に、〈ふじよしだ定住促進センター〉が運営していたシェアハウスに入居する形で移住をしました。

なぜひとり暮らしではなく、シェアハウスに入居したのかというと…
移住を決めた当時、オープンしてからまだ日の浅かった富士吉田市のゲストハウス〈HOSTEL SARUYA〉にたまたま宿泊したことがきっかけでした。

2015年当時の〈HOSTEL SARUYA〉外観

当時の〈HOSTEL SARUYA〉には〈ふじよしだ定住促進センター〉の赤松さんがいて、私が移住するかもしれないと話をしました。すると、空き家関連の活動を担当されているとのこと。そのため、移住を決めたあと、まず赤松さんに物件の相談をしたのでした。

その流れで、たまたまシェアハウスに一部屋空きがでるという情報をゲット。引っ越しを急いでいたこともあり、急遽シェアハウスに入居させてもらうことになりました。

私は人見知りする性格だし、ワイワイした雰囲気にあんまりついていけないタイプ。シェアハウスなんて大丈夫だろうか…と一抹の不安はありましたが、結果的には、シェアハウスで富士吉田市の暮らしをスタートできてよかったです。

そのシェアハウスは、一軒家のなかに、いくつか小部屋があり、居間やキッチン、お風呂などは共用でした。

当時は、地元出身だけど住んでいる人、県外出身の人、地域おこし協力隊の人、時々プロジェクトで富士吉田に滞在していた学生たちも来ていて、全員集まるとにぎやか。だけど皆、お勤めの仕事や活動の業種がさまざまで、生活スタイルもばらばらでした。

なので、たまに居間で居合わせたときには、こたつで話したりもするけど、基本的には各自のリズムで過ごしている、という感じでした。

日々つるんでいるわけではなかったけれど、なにか聞きたいときには、わたしよりも富士吉田暮らしに詳しい同居人に、色々と聞いたり相談できるのがありがたかったです。

また、単純に、家に帰ってきて、「ただいまー」「おかえりー」というやりとりができたことは、今思うとすごく救われていたなと思います。

寒くても、「寒いね」と言い合える仲間がいたから、はじめての富士吉田の冬も楽しく乗り越えられたのかなと。思い出すと心があたたかくなります。

皆あまり長い滞在ではなかったけれど、私にとっては、富士吉田市のなかで一番身近な仲間でした。友だちともなんか違う、いとこくらいの距離感の、同居人という仲間がいてくれたのは、本当にありがたかったなと思います。

シェアハウスの入口から見える景色

富士吉田市の文化を教えてもらう日々

富士吉田市の暮らし。方言がわからなくて困るようなことはないけれど、私は機織りの工場という“地場産業の現場の世界”に入ったこともあり、関係する職人のおじさんたちの方言がわからないときもありました。

最初は聞き慣れない単語があったり、その単語をどういうニュアンスで言っているのかな…と興味もあり、英会話リスニングさながら、耳を研ぎ澄まして聞き取ろうとしていました。

そんなときはいつも、シェアハウスに帰ってから、

「ねぇねぇ、ごっちょーって何?」(つかれた、の意)とか
「よばれてよばれて、って何?」(召し上がって、の意)
「うっちゃるって何」(捨てる) など
と質問して、時には甲州弁講座をしてもらったこともありました。

吉田の言葉っぽく聞こえる話し方のコツを教えてもらって、次の日から工場でさりげなく使っていたことも、楽しい思い出です。

こうして、富士吉田市という土地について教えてもらえたのもありがたかったし、そもそもほとんど知り合いがいない地域で、友だちもいないわたしには、帰る家に誰かがいてくれること自体が支えになっていました。

お互い、社会人だったり、職種も違うので、基本的にはバラバラの生活でしたが、ときどきコタツで居合わせると、なんともなしに話したり、しょうもない話もしたり、ときには人生相談になったり。お互いの活動を少しはなれて見守っていたり。

物理的に、雪かきの仕方を教えてもらったり、雪のときの運転には気を付けることや、おいしいお店がどこかなど、いろいろ教えてもらった気がします。

ずっと続ける生活ではなかったけれど、20代で本当にいい経験ができたなぁと思っています。

地場産業に身を置いて見えてくるもの

私の富士吉田暮らしは、地場産業の世界に入ることから始まったので、地域の歴史や文化をなぞることができたように思います。

富士吉田市の方言や、気質、習慣を知る機会に恵まれ、織物に関わってきた地元の人と話題の共通項があることも、いいことだなと思います。

地域の民俗資料を図書館で読むと、女工さんたちの記述や、そこでかけられる言葉、これまで織ってきたものの時代的な背景の話などが載っていて、妙に共感できたり納得したりしました。

今も機織りの現場に残っている風習と重なったりして、富士吉田の戦前、戦後の人々の暮らしの延長に自分がいるのを感じたりしました。

私が地場産業のなかに身を置いていなかったら、自分ごととして、富士吉田市の民俗資料を読むこともなかったと思います。

外の地域から移住するうえで、地域のことを知る、学ぶ、文化を理解するのに、地場産業の現場に関わる、ということはいい機会だったのではないかなと、振り返ってみて思いました。

移住するときのススメ

移住するときに、地域のことを知っている人との接点があるのは大事だなと思います。

私のように、からなずしもシェアハウスで同居人をつくる必要はないけれど、地元の人から愛されているおいしいお店を教えてもらえたり、方言がわからないときに聞いたり、風習を教えてもらえたり、イベントがあったときに挨拶しあえる相手がいることって、とても心強いです。
現在は〈ふじよしだ定住促進センター〉敷地内に、お試しの住居があるそうです。



お試し滞在施設〈ネルトコ〉
https://you-fujiyoshida.jp/diary/frpc-news/1092

〈ふじよしだ定住促進センター〉には、地元出身の方も、移住者の方もいるので、いろんな相談もできるし、移住のときだけでなく、そのあとも一緒に地域を盛り上げていく市民として交流していくのもおもしろいはず。

移住するときには、そっと不動産屋さんで物件を借りて住むのもいいけれど、

地域の人や、移住経験者との接点があると、富士吉田市での暮らしをより楽しめるのではないかなと思いました。

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藤崎 仁美

1989年名古屋市生まれ。大学ではフランス語を専攻。大学在学中、〈フジファブリック〉のイベントのために、はじめて富士吉田へ訪れる。卒業後は愛知県のエンジニアリング会社で総務を経て、社内異動によりNX(3DCAD)の講師を務める。
そのころ、仕事のかたわらで週末京都の学校に半年間通い、草木染めや手織りを体験。染織や自然と親しむ暮らしがしたいと思うようになる。そして、2015年、〈宮下織物株式会社〉へ入社するために富士吉田市へ移住。未経験から、ジャカード織物の機織り職人として6年間勤務し、2022年春に退職。
現在は、染料植物を育てて草木染めをしたり、植物と親しむ暮らしを楽しんでいる。

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