富士吉田市の短い夏がもうすぐ終わりそう。
今年の夏は富士山も登れないし、イベントも何にもなかった。
「山小屋の明かりが灯らないのは生きてきて始めてだ」と機屋さんのおじさんが話していた。
退屈だけど、特別な夏。
去年はというと、富士五湖の花火大会、ハタフェスのサマーパーティー、火祭りと、
8月は毎週東京から家族や友だちが遊びにきて、民宿の女将のように布団を洗って干していた。
富士吉田市は都心からバスで1時間ほどで来れて、バスを降りれば、
大きな富士山があって、自然があって、ローカルな街並みがあって、かっこいい神社もある。
街の人はみんな穏やかで、ごはんもおいしい。
私も東京から来たときに、こんな近くにゆっくりした時間が流れる場所があったことに驚いた。
ふらっと休日に訪れられる気楽な土地として、
もっと浸透していったらいいのになーと思う。
だからこそ、東京からくる友達には富士吉田市のことをたくさん教えたくて、ついつい張り切ってしまう。
富士吉田市に来て、第一声にみんな富士山の感想をいう。
「やばくない?」「すげー」「でかー」「こわいー」とか。
街の人たちは、小さな頃からこの大きな富士山と暮らしてきて、すっかり生活の一部になっているみたい。
富士山に笠雲がかかると「雨が降る」といったり、
富士山の雪が溶けはじめ、“農鳥”と呼ばれる鳥の形の雪だまりが見えはじめると田植えを始めたりする。
フォトスポットでも、縁起物でもない、
街の暮らしに寄り添っている守り神のような富士山が富士吉田市にはある。
その特別に包まれて暮らす、そんな特別があることを知る特別な夏になったのかもしれない。