馬場 亮河

2026.02.26

ババイズム「フジ・アーカイブ②-3:富士吉田のコモンズを体験してみて」

第三回「フジ・アーカイブ②-3:富士吉田のコモンズを体験してみて」

大明見財産区を「経験」してわかったこと

ここからは、少し学問的になりますが、なるべくわかりやすく私が大明見財産区の活動を経験してわかったことを発表したいと思います。

最初にザックリ申し上げますと、聞き取り調査や参与観察から、財産区(コモンズ)は単なる資源あるいはそれを管理する組織ではなく、地域住民の連帯や土地への愛着を育み、地域ならではの知識を生み出し、そして継承する<社会的装置>として機能してきたことが明らかになりました。しかし同時に、産業構造の変化と世代交代により、その機能は変容・喪失しつつあるということもわかりました。だから、財産区をはじめとするコモンズは、資源管理の意味でも重要ですが、地域の社会文化を持続可能にする装置としても重要なのだということです。

先生からお使い小僧へ

まずおもしろいポイントは、コモンズが政治的に利用されてきたから維持されたということです。
財産区議員の選出方法は、基本的に公職選挙法に則って行われなければいけません。しかし、実は議員の選出方法は時代とともに変化してきました。

というのも、かつては選対(選挙対策組織)が3つ存在し、各選対から4名程度が議員に選出される仕組みがありました。…さて選対とはなんでしょうか?これはつまり派閥です。一昔前には地域の政権を握る派閥がいくつかあり、それが明見地域には3つ程ありました。選対はいわゆるトップの市議会議員がいて、その人から指名され財産区議員に選ばれたそうです。鋭い人はお気づきかもしれませんが、これはいわゆる”出来レース”で、選対のトップが指名をした人に選対の支持者が投票し”選ばれる”のです(その裏にはお金のやり取りがあったとか、なかったとか)。こうして選ばれた財産区議員は”名誉職”としての性格を持ち、地域住民からは「先生」と呼ばれたそうです。財産区議員になることは”名誉”であるからこそ、コモンズの維持管理の仕事にプライドを持って従事したのでしょう。

しかし現在では、財産区議員は「お使い小僧」と呼ばれています。それは、選対という仕組みが衰退し、現在では自治会主導で議員が選出されるようにり、誰もやりたがらないからです。制度的には民主化されたのと同時に、”選ばれることが名誉あること”という”意味”が抜け落ちてしまったため、財産区議員になることの魅力が低下してしまいました。高齢化で担い手も少なくなり、さらには自営業が減り”お勤め”が増えると、60歳過ぎてもまだ働いています。役職を担う時間もなければ、わざわざ”二足のわらじ”でやるモチベーションがないのです。

もっと広い時間軸で考えると、財産区の管理していた山林から資源を調達する必要がなくなったことも影響しています。戦後すぐまでは薪や山菜などを必要としていましたが、現在では電気ストーブや灯油に頼った産業構造へと移行したため、単純に「財産区の管理が必要無いのでは?」と人々が思いはじめたのも原因です。

昔は「先生」とまで呼ばれた名誉職が現在では「お小遣い小僧」と呼ばれています。この認識の転換は財産区(コモンズ)の価値を剥ぎ取り、”いらないもの”へと周縁化していったのです。

それでは本当に財産区は”いらないもの”なのでしょうか?

財産区の”価値”とは、何でしょうか?

政治的な意味合いが抜け落ちた今、コミュニティの観点から注目してみましょう。

地域の”ハブ”としての財産区

大明見財産区では、議会とは別に大明見福祉会という組織があります。メンバーはまさに財産区議員の12人なのですが、完全に別の組織です。何をしているかというと、吉田に住んでいれば聞いたことのある不動湯という施設を管理・運営しています。

不動湯は100年ほど前に当時の財産区によって開設した湯治施設です。不動湯の水は「霊水」とも言われ、山の水を沸かした風呂に入り続けると、皮膚病が治るそうです。昔は小屋みたいな造りで家族や親戚でご飯の支度をしてそこへ泊まりに行き、自分たちで風呂を沸かして入ったそうです。

【昭和40年代の不動湯:館内展示資料】

私が初めて大明見財産区のメンバーと出会ったのは、不動湯での共同作業へ参与観察に行ったときでした。財産区のメンバーは年に最低10回は<オテンマ>つまり、共同作業を行わなければなりません。

<オテンマ>という言葉はここら辺特有の呼び方で、他の地方では「結(ゆい)」や「もやい」と呼ばれたりもします。昔は、大明見財産区の区民、いわゆる大明見の村に住んでいる人ならば1世帯に1人を大鎌を担いで出てきて、オテンマに参加しなければいけませんでした。参加しないと罰金があったことも明らかになっています。現在では、重労働であることが原因でオテンマはボランティア制になりましたが、ほとんど財産区のメンバーのみが行っています。それでも財産区議員のメンバーは「村のことだから」といって、背筋を伸ばしてチェーンソーにエンジンをかけ、大きな声を出しながら木を切っています。

<オテンマ>と地域ネットワーク

大明見財産区の管理対象である敷地の中に不動湯があるため、大明見財産区は不動湯の周りの草刈りや道路に流れ込んだ土砂の掃除などを行い、人々が気持ちよく足を運べるようにするのです。

現在では、”お使い小僧”として役割を失いつつある財産区は、財政的に11年後には解散することが予測されています。解散した財産区の財産は、市のものへと返還されてしまいます。つまり、コモンズではなくなってしまうのです。こうした地域コモンズとしての機能が低下することで何が変わるのでしょうか?

保安林として維持管理の対象になっている大明見地域の山々は、定期的な伐木や草刈りによって土砂崩れの危険を防いでいます。しかし、そうした機能的な面だけではなく、文化的な意味もありました。

【2025年10月5日 大明見財産区オテンマ 作業内容の確認と道具の点検】

小さい頃にオテンマへよく出掛けた記憶のある宮下ヨシオさんは言います。

以前は財産区での草刈りや葬式の時のオテンマは、草刈りじゃ半日、葬式の時は3、4日、イッケシで集まって葬儀をしたけれど、今は無くなった。昔は半日も3、4日も潰れるしかったるかったよ。今は大分楽になったと思う。

でも、さて思えば親戚の子供が何人いるかわからなくなった。

急に人間関係が途絶えてしまった。

するとなんだか”スッといかない”感覚になる。

つまり、何かあった時に周りを頼れない。”スッと頼れない”から何かを失った感じがする。

もちろん昔は誰かに頼るのが当たり前だったから、プー太郎なんかもいたけど…オテンマが無駄だったかと言われれば、無くなった今、そうではないと感じる。

【2025年10月5日 大明見財産区オテンマにて。伐木し、枝を切り分けて、入会組合へ薪として提供するものをまとめる作業】

すでに地域コモンズは終焉へと向かい始めているのかもしれません。実は、元財産区議長の桑原さんをご紹介いただいたのは宮下さんでした。桑原さんのインタビューが行われる前日に宮下さんから電話があり、「財産区に詳しい人がいる。いろんな役をやっていて偉い。昔からずっとお世話になっている人がいるから、明日会わせる。」と言われ、次の日には桑原さんの家まで連れて行ってくれました。まさに宮下さんの話す「スッといく感覚」とは、こういった信頼関係と地域ネットワークなのだと思います。そして、共有されたコモンズを維持管理する共同作業オテンマは、一見「かったるい」ものですが、実はコモンズの維持管理以上に地域ネットワークを構築してくれるという別の価値が備わっているのかもしれません。

【2025年10月5日大明見財産区オテンマにて。野生のキノコを摘んで、昼食のほうとうに入れる議員。】

”雑”な知識継承メカニズム

オテンマが終わると、残る人で昼食を食べながら雑談をします。実はこの”雑談”が特別な意味を持っていました。

インタビューに応じてくれた桑原ヤスオ氏はこのように言っています。

俺らは去っていくから若いのが育てなきゃダメ。だから、いつまでも古い氏が上にいたらダメ。若いのを取り込んでいく。興味のあるものには教えていく。みんな人材育成だよ。

ーどういうタイミングでそういう人材育成をするんですか?

自然とそういう仕組みを受けてきた、俺たちはな。

例えば不動明王(不動湯)行くら?そういう中でただ雑談的に勉強する。あら雑学っちゅうわ。東京大学じゃ教えねえよ。

議員さんは十二人で、トップが多分七十二歳ぐらいで、それから下の普通の議員さんが十…十以上違う。その間、十以上違うから、そういう年代がかなり離れてるところで役をしていると、仕事も覚えるし、財産区の意味も分かってくるから、それが回転するわけよ。育成につながってると思うよね。だから、理解をしながら、役をしながら覚えていく。だから、改めてみんな呼んで、こうだよ、こうだよ、って育成じゃない。

財産区では”ルールや制度”のような決められた方針に従うというよりも、”役をやる中で”、”人と繋がる中で”、”場所を共有する中で”少しずつ”雑学”を身につけるのです。そして、先輩や地域の人たちから「村のために頑張ってるな」と言葉をかけられることがモチベーションになっていたそうです。つまりそこには世代間の知識継承メカニズムが備わっていました。

【オテンマの後、不動湯の霊水を飲みながら”雑談”をする大明見財産区議員】

”雑談”から発生する”雑学”は地域に関する歴史だったり、守ってきた土地の言い伝えだったりするそうです。逆に、財産区が日々管理している共有地(コモンズ)に潜む歴史や伝説、地域独自の解釈が”文脈”となって受け継がれているのは、こうした”雑学”を共有し合える場所が大きな役割を果たしているからではないでしょうか?

コモンズという”見えない価値”

財産区を始めとする地域のコモンズは、単なる資源管理の仕組みを超えた、地域社会の持続可能性の基盤だということが、大明見財産区への参与観察やインタビューからわかったことでした。それは、①森林資源や水資源を持続的に管理することで維持される生態学的な価値 ②信頼関係や地域ネットワークを構築する社会的価値 ③地域固有の歴史や知識、哲学を織り込んだ”雑学”を継承する文化的価値を提供しました。しかしそれだけではなく、人々が大明見財産区が管理する山々や不動湯での出来事を”風景”として互いに関わり、世代を超えて生活の知識や地域の哲学を継承する”場”として機能します。 それは、地方特別公共団体として認められる財産区の制度的な価値や経済的な価値ではなく、生活の知恵や地域で生きることを可能にする”人々の生活実践に深く係る見えない価値”なのだと思います。過疎化が進む日本の地域社会において、コモンズの価値を効率性や利便性だけで測ることは危険であるとも言えるでしょう。むしろ、コモンズを通じた”生活実践”というものが何かをしっかり眺め、違う形でも維持し、若い世代が参加できる文脈を再創造することが、地域コミュニティやコモンズの持つ価値の持続可能性につながります。 大明見財産区の事例が示すように、コモンズの持続可能性は、形式的な制度設計よりも、風景とコミュニティへの継続的で技能的な関わり——すなわち<住むこと(Dwellin)>——に根本的に依存しているのだと結論づけたいと思います。

こうした昔ながらのコミュニティが持つ現代的価値は、数値的価値などでは表せないことは確かです。

だからこそ、人々の話に耳を傾け、人々の生活に携わることで、地域の持続可能性を考えるヒントがたくさん隠されているのではないでしょうか?

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馬場 亮河

富士吉田市地域おこし協力隊/東京大学大学院生

出生地
コロンビア

プロフィール
大学のフィールドワークではじめて富士吉田市を訪れる。その後、大学連携のプロジェクトやHOSTEL SARUYAでの住み込みインターン、東京との二拠点居住の経験を経て2024年3月から地域おこし協力隊に着任。「アーカイブ」をテーマに地域の生活を記録・発信・研究するべく、フィールドワークに励む。

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