はじめまして。
2021年8月から〈ふじよしだ定住促進センター〉に仲間入りした松浦樹菜です。
1999年生まれ、富士吉田市のおとなり富士河口湖町出身で、高校時代に〈かえる組〉一期生として活動してきました。〈富士北稜高等学校〉卒業後に、河口湖町の観光施設に就職。観光に来る人たちの気持ちや好奇心にふれ、どんなことを求めて観光に来ているのか、日々考えていました。すると、高校時代に経験した〈かえる組〉の活動を思い出し「富士吉田市に何か恩返しをしたい」という思いが強まり、思い切って転職を決意。
2021年8月から〈ふじよしだ定住促進センター〉のスタッフとして、少しずつ富士吉田市の仕事に携わっています。
この連載では「富士吉田市が、富士吉田市の若者の眼にどう映っているのか」をご紹介していけたらと思っています。
まずは私自身、高校時代に富士吉田市で活動してきたことが大きな糧になっています。そこで、連載の01では、私自身のこれまでと富士吉田市とのご縁をまとめてみました。
・富士吉田市で働くようになった理由
高校生の頃から自分の育ってきた富士河口湖町や富士吉田市で働きたいという思いがありました。
高校卒業後の進路を決めるときにも、河口湖町か富士吉田市のどちらかで就職したいという思いは変わりませんでした。最終的には、はじめての就職でもあったので、地元の河口湖町で就職を決めました。
就職してはじめの二年間は、3つの部署を経験。さまざまな業務に携わり、観光施設での仕事を勉強していきました。ところが、2年目の後半からコロナ禍に突入。営業できない日々が何ヵ月も続きました…。月日が経つにつれて、これからの人生を考えると、「自分のスキルをもっと上げたい!色々なことにチャレンジしたい!」と思うことが増え、思い切って転職しました。
・富士吉田市との縁
富士吉田市には私の母の実家があるので、小さいときは毎週のように通っていました。
お婆ちゃんと本町通りの本屋さんに立ち寄り、好きな本を買ってもらったり、夏には『市制祭夏祭り』や、『吉田の火祭り』などにも参加しました。
そして富士吉田市の〈富士北稜高校〉に進学。富士吉田の情報やどんな町なのかたくさん知る機会がありました。高校二年生のときには〈かえる組〉一期生として活動に参加し、富士吉田の魅力にどんどん気づかされました。今回〈ふじよしだ定住促進センター〉を紹介していただいたのも、こうした活動の縁だと感じています。
・私が思う富士吉田市のおもしろさや魅力
私の地元はおとなりの河口湖ですが、河口湖とは違う”まち”の雰囲気があります。
たとえば、人と人の風通しがいいように感じます。富士吉田に住んでいる人たちみんな、老若男女問わず「まちづくり」に力を入れているからかもしれません。そんなところがとても魅力的に思います。個人的には隠れ家的なお店やカフェがとても好きなので、地元の人に人気の場所などをたくさん探して、富士吉田市のよさを伝えていけるように、日々散策してみます。