#6 コソダテってなんだ?
こんにちは。
これまで富士吉田での子育て環境について綴ってきましたが、今日は少し趣向を変えて、僕自身の子育てについての思いをつらつらと書いてみたいと思います。
ふと立ち止まって、富士山を見上げると、思うことがあります。
「そもそもコソダテって、なんなんだろう?」と。
YouTubeで『正解』を探してみたり、夫婦で意見がすれ違ったり。
子どもの目線で見れば、きっと理不尽なこともたくさんあるだろうな、と感じたり。
そんなふうに、あっちへ行ったりこっちへ戻ったり、みんな毎日、右往左往しながら“コソダテ”している気がします。

AI、世界情勢、環境問題…
10年後、20年後の社会がどうなっているかなんて誰にもわからないのに、
子どもに勉強をさせたり、しつけをしたりする僕ら親。
「これでいいのかな?」と、自分たちも不安になりながらの子育て。
また富士山を見上げて、途方に暮れたりもします。
富士山は毎日、変わらずそこにいて、悠然と光を浴びて佇んでくれています。
それがすごいなあと感じますし、「まあ、いいか」って、ちょっと肩の力が抜けます。

最近、ひとつ気づいたことがあります。
子育てって、いつも“自分自身”と向き合うことなんだな、ということ。
子どもに何かを伝えたいとき、ルールを教えようとするとき、
僕の中にある「基準」は、たいてい自分自身の過去の経験だったりします。
もしくは自分がこうあらねば、と考えている世間から与えられた強迫観念に近い意識。
自分の親と、YouTubeで見た知識や専門家の意見も参考にしつつ、でも実際に子どもと向き合うと、やっぱり出てくるのは、自分の子ども時代の記憶や感覚。
それが自然と“判断軸”になっているんですよね。
…ということは、
子どもにとって一番身近な大人である『親』である僕の在り方が、
そのまま“生き方のモデル”になるってこと。
やばくないですか?(笑)
ちょっとドキドキしちゃいます。

僕は小さな会社の経営もしています。
社員と向き合うとき、やっぱり「社長である自分がどうあるか」が、とても大事。
当たり前のようで、実は難しいことです。
つい経営本に答えを求めたり、人のせいにしたくなったりします。
子育ても会社経営も、そして多分『夫婦』という関係も、
結局のところは「自分がどうあるか」がすべてなんだなと、しみじみ思います。
反省ばかりしていても始まりません。
だから、僕が今考えているのは、
「大人として、親としての自分をどう成長させていくか」ということ。
“子育て”というと、どうしても「子どもの成長」に目が行きがちだけど、
それを支える「親育て」こそ、とても大切なんじゃないかと感じています。

もちろん、放っておいても勝手に親は育ちません。
だからこそ、意識的に自分を育てる環境が必要なんじゃないかなと思っています。
たとえば…
- 親が学ぶためのワークショップ
- 最新の教育・脳科学を知る勉強会
- 子どもになったつもりで一緒に本気で遊ぶ時間
そんな「親育ての文化」が、富士吉田市に根付いていったらいいなあ、と夢見ています。
子どもたちの未来のためにも、
まずは自分自身の「親育て」に、僕自身がしっかり向き合っていきます。
どれだけ僕らが迷っていても、
富士山は今日も変わらず、静かに微笑んでくれていますから。






