FUJIYOSHIDA DIARY MAGAZINE

土地・環境

藤崎 仁美

2023.02.26

草木とともにあるくらし 11

2月の富士吉田

2月に入り、いよいよ1年のなかで最も寒い時期になりました。

先日の寒波の時には、夜の気温が-8度ほどまで下がりましたが、例年の富士吉田の2月の寒さと比べるとまだ余裕のある寒さでした。

移住してから7年ちょっとの年月が経ちましたが、それまでに何度か-15度くらいの寒さを経験したことがあります。

個人的には、-10度以下になるといよいよ寒くて余裕がなくなり、身の危険を感じるレベルだなと思っています。

幸い、今年は暖冬なのでしょうか。

そんな富士吉田では、2月に入ってからようやく雪が降りました。

「雪が降る時はあったかいんだよ」というのは、こちらに住んでからよく聞くようになった言葉です。

移住したばかりのころは、その意味にあまりピンときませんでした。名古屋にいたころは、雪を見るのはとくに寒い日だという印象があったからです。

でも、富士吉田に住んでみて、その言葉の意味がよくわかるようになりました。

本当に寒い日は、気温がどんどん下がり、-10度前後まで近づいていきます。そうなると、空気はピンと張り詰めたような緊張感を持ち、自然界もしんと静まり、生き物の気配がひっそりとします。

暖房をつけていないと、家のすべてのものが冷え切って、家の中でもいろんなものが凍りかけて様子が変わります。

例年オリーブオイルが凍りますが、今年の寒波の時には、ごま油や米油も凍っていることに気づきました。

それに比べると、雪が降る日はそこまで気温は下がらず、空気も水分のせいか少しゆるんだ感じになります。そしてたくさん雪が降ってきて、こんもりと積もるので、雪かきが必要になります。

最初は外に出るのも寒いけれど、無心で雪かきをしていると暑くなってくるので、寒さよりも雪かきによる体の痛みのほうがこたえたりします。結果、雪の日はあまり寒くないと感じます。

そんな富士吉田の2月。最近けっこう雪が積もりました。

雪かきの大変さを予感しながらも、音もなくどんどん降る、真っ白な雪の美しさに目を奪われていました。

家の上にも、庭のハーブたちの上にも、木々の上にも、雪は等しく降り積もり、あっという間に空間を埋めて、境界線をなくしていきました。

真っ白でやわらかくて、とがったところのまったくない、ただただやさしい雪は、まるでベルベットの布のような、きめこまやかなシャンティクリームのような美しさで、雪かきの手を止めては、つい見とれていました。 

これまでは、2月というのは、私にとって1年で1番寒くてちょっとつらい、春を待ちながら乗り越える季節だと思っていました。

でも、こうして雪景色を見ていると、2月は美しい自然の造形に出会える、特別な月なのだと改めて思えてきました。

こんなに美しいものを、簡単につくってしまう自然に、ただただ感じ入るとともに、こうして生活の中で、自然の造形美を目にすることができることにも、静かな喜びを感じました。

そして、私の目を驚かせ楽しませてくれた雪は、翌日には太陽の光を浴びてみるみる溶けていきました。

一瞬で空間を埋めていた雪は、水となって、あとに何も残さず何事もなかったように消えていきます。

その様子はとても潔く、自然のかろやかな執着のなさ、そして水となって変化し循環していくいとなみの完全さを教えてくれました。

2月の草木染め

そんな雪どけの日。

用事もなく運転するには危ないかもしれないので、外に出ないことにして、染めをしようと思いたちました。

せっかくなので、以前から寒い時期にやりたいと思っていた、紫根染め(しこんぞめ)をすることに。

「紫根」とは、中国・朝鮮・日本に分布する「ムラサキ」という薬草の根っこを乾燥させたもので、「日本ムラサキ」は日本で自生していたと言われています。

聖徳太子の定めた冠位十二階では、最高位の色が紫根による紫色だとされたり、その後の時代にも、紫根の紫色は天皇や貴族にしか許されない「禁色」とされ、厳しく管理されていたそうです。

また紫根は古くから薬用としても使われ、中国では西暦2年頃に編纂された『神農本草経』という最古の漢方書のなかに薬として記載があります。

日本では、江戸時代に紫根をつかった「紫雲膏」という軟膏が生まれて、やけどや湿疹、かぶれなどに効く薬として広く使われていました。

また現代では、美肌効果があるとされ、紫根を配合した化粧品も見たことがあります。

今では、環境省のレッドリストに絶滅危惧種として挙げられている日本ムラサキ。もちろん私も自生しているものには出会えたことはなく、育てている地域も限られている印象です。

減っている要因のなかには、日本ムラサキは発芽率が低かったり、染料になる成分を多くするためには土の栄養バランスが非常に繊細だったり、根を育てる土の深さにも影響されたり、育てる難しさがあると言われています。

さらに、西洋ムラサキの苗が間違って売られていたり、日本ムラサキが西洋ムラサキと自然交配することもあったり、染められる成分を上手に摂ることがとても難しいのだとか。

私も数年前に、苗から日本ムラサキを育て始めて、2年間育ててみたことがあります。

すくすく育ってくれて喜んでいたのですが、途中から、どうやら西洋ムラサキと交配して特徴が出たり、そのせいか、それとも土との問題なのかはわかりませんでしたが、思ったほど根が色づかず、難しさを感じたことがありました。

根は2年かけて育てるけれど、掘り起こしてみるまで様子がわからないので、育てる難しさを痛感。一旦、日本ムラサキを育てるのはお休みしています。

そんな思い出深いムラサキを、染めてみることにしました。

ちなみに、紫根は独特な香りがします。

紫根の匂いは、いい匂いではないのですが、薬だと言われるとなんとなくわかる気がします。

気温の高いときに紫根染めをすると、この匂いが出やすくなってしまうため、染めるのは寒い時期に染めるのがいいと言われています。

今回は、かねがねつくってみたいと思っていた、シルクのまくらカバーをつくることにしました。

手元に残っていたシルクの布と、コットンの布を合わせて、表面はシルク、裏面はコットンのまくらカバーに。

シルクは、以前、「丹後ちりめん」の織元さんから購入した、薄いシルクサテン。

しまっていたものを出して太陽の下で見ていたら、あまりにも綺麗で、しばらく見入っていました。

真っ白な雪を連日見ていたので、白い美しいものに魅かれて目にとまったのかもしれません。

雪にしても、お蚕さんの白にしても、白という色は美しいなと改めて思いました。

染めずにこのままでもいいようにも思いましたが、やっぱり紫根の色を見たかったので、染めることにしました。

紫色は精神性の高い色、というイメージがあるので、紫根色のシルクカバーで眠れたら、寝ている間にも深く賢くなれるような気がしました。

個人的には不眠ではなく、いつでも眠れるほうなのですが、わりと夢を見て疲れたりしているので、眠りの質を上げられたらいいなという願いもあります。

ヨガでいうチャクラでも、頭頂部に位置する第7チャクラは紫色だと言われているので、ぴったりだと思いました。

さて、布を裁断して、下処理をしてから、紫根の染液をつくり、染めていきます。

無心になって、手で布を泳がせながら染め、色を定着させる媒染という工程を経て、染め上がりました。

そして乾いたら、こんな色になってくれました。

深い深い、美しい色になりました。

この色が、最高位の色として崇められていたことも、なんだか合点がいきます。

しばらく眺めるのを楽しんだ後、この布を縫い合わせて、カバーにしていきました。

シルクサテンが柔らかすぎて縫いにくく、苦戦しながらも、完成です。

よく考えてみると、紫色のまくらというのは少し派手だったかもしれませんが、深く良質な眠りに誘ってくれそうな、まくらカバーになりました。

シルクのおかげで、乾燥する季節には髪のケアもしてくれそうです。

あらためて、2月は、美しい色をたくさん目にすることができて幸せでした。

春までもう少し、冬だからこそ味わえる美しさや景色を楽しみたいと思います。

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藤崎 仁美

1989年名古屋市生まれ。大学ではフランス語を専攻。大学在学中、〈フジファブリック〉のイベントのために、はじめて富士吉田へ訪れる。卒業後は愛知県のエンジニアリング会社で総務を経て、社内異動によりNX(3DCAD)の講師を務める。
そのころ、仕事のかたわらで週末京都の学校に半年間通い、草木染めや手織りを体験。染織や自然と親しむ暮らしがしたいと思うようになる。そして、2015年、〈宮下織物株式会社〉へ入社するために富士吉田市へ移住。未経験から、ジャカード織物の機織り職人として6年間勤務し、2022年春に退職。
現在は、染料植物を育てて草木染めをしたり、植物と親しむ暮らしを楽しんでいる。

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