少し間が空いてしまいましたが、ハタフェスレビューの続きです。
今回は2018年に行われた3回目のハタフェス。
「昔から好きだったミュージシャンや映画監督を追っていると、1作目は初期衝動で作品を作り、2作目でそのイメージを覆す挑戦をし、3作目でやってきたことを組み合わせたオリジナルの世界観を築き上げる。そんな流れがあると思っています」
と書きました。
その言葉通り、この3度目が“らしさ”を確立できた回だと、ぼくは思っています。
ひと言でいうならば、「ハタオリとマチがつながる日」。
それっていったいどういうこと? 理由をお伝えしていきます。
ー今回の個人的企画の見どころは下記の通りー
①『フジヤマテキスタイルプロジェクト』10周年記念展
②鈴木マサルさんのキービジュアル
③東京造形大学を卒業し独立したデザイナーたちのマーケット&トーク
④織物工場の方々の町中出店
⑤豊富なワークショップ
⑥各地の工場の招待:『奥田塾展・布を染める』&その他の工場の人たち
⑦『ハタオリマチルーキーズ』
①『フジヤマテキスタイルプロジェクト』10周年記念展
2008年にスタートした『フジヤマテキスタイルプロジェクト』は、〈kichijitsu〉、〈菜−sai-〉などのブランドを生み出すきっかけになったプロジェクト。ハタフェスの中で機屋さんたちが販売するオリジナル商品もここから生まれたものが多くあります。
その10周年ということで、過去の制作物をずらりと並べた展示を開催。10年の歩みをまとめたパンフレットも制作し、訪れた人たちに配布しました。企画・制作は〈TRICKY〉。
②鈴木マサルさんのキービジュアル
周年展の企画とともに、プロジェクトを監修するテキスタイルデザイナー・鈴木マサルさんへキービジュアルをお願いしました。
あがってきたのがこちら。
猿が富士山から流れ出る水で織物を織る。
わかってる人の図案です。富士吉田の先染織物文化は、富士山の湧き水で絹糸を染めたことから発展したといわれています。
鈴木マサルさんは個人的にずっとお仕事をしたかった人のひとり。
こういうかたちで実現できて、とても感慨深いものがありました。
③東京造形大学を卒業し独立したデザイナーたちのマーケット&トーク
こちらも周年展関係。
かつて、『フジヤマテキスタイルプロジェクト』に関わった学生たちの中で、卒業後にテキスタイルデザイナーとして独立し、ブランドを展開しているデザイナーたちがいます。
10周年の記念にそのデザイナーたちにも関わってもらいたいと思い、展示会場に続くスペースでマーケットを行ってもらいました。
さらには、当時のものづくりのことなどを語るトークイベントも開催。
開発エピソードなど、懐かしい話に花を咲かせてもらいました。
④織物工場の方々の町中出店
前回の盛り上がりを受け、地域の機屋さんたちも本腰を入れて、出店を視野に入れてくれるようになりました。
この2日間限りはそれぞれがいろいろなことを企画し、イベントで実施。
好評だったところでいうと、
〈槙田商店〉さんの「傘作りデモンストレーション」
〈田辺織物〉さんの「コップの座布団」
などなど
⑤豊富なワークショップ
ワークショップもさまざまに企画し、実施していただきました。〈山梨県織物整理〉の「ニードルパンチ体験」や〈渡明織物〉の「ストール作り」など工場の機械を活かしたものや、〈pole-pole〉の「プリントバー」などクリエイターを招いての特別なものまで。
⑥各地の工場の招待:『奥田塾展・布を染める』、その他の工場の人たち
ハタフェスは地域のお祭りであると同時に、全国的な織物産業のお祭りにもなればいいと思っていて、そのために実現したかったことのひとつが「織物の物産展」です。もともとお誘いはしていたのですが、この時はそれをさらに拡充することを目指しました。
〈流しの洋裁人〉原田さんの力も借りて参加してくれたのは、
・レピヤンリボン(福井)
・中矢パイル(和歌山)
・林与(滋賀)
・はらっぱ(福島)
・奥田染工場(東京) など
⑦『ハタオリマチルーキーズ』
産地の人材育成を担うべく、インターン制度を推進していこう、という取り組みが『ハタオリマチルーキーズ』。この試験導入が〈ふじよしだ定住促進センター〉の企画でスタート。このときは「産地の学校」と連携し、工場の仕事に興味を持つ多くの若手たちが集まりました。
この取り組みは、新型コロナの影響で現在は歯止めがかかっているものの、複数の希望を受け入れ、今なお継続しています。
『ハタオリマチルーキーズ』について詳しくは
https://you-fujiyoshida.jp/diary/frpc-news/1641
ハタオリとマチがつながる日
自分がイベントを企画するとき、「異なる要素をうまくミックスすること」「その時に関わる人みんなにメリットがあるようにすること」。この2つを大切にしています。
イベントの話をいただいたときに、織物の活性だけでなく、街との取り組みだからおもしろそうだと思ったし、上手にやるよい方法はあると信じていました。
2016年の1回目、「何をすることが地域の機屋さんたちのためになるのか、街のためになるのか、どういうやり方が一番みんなが幸せなのか。見通しが悪い中で手探りをしていた」イベントは、2回の開催を経て、地域の工場や住む人々が積極的に参加し、街がひとつになって盛り上がる2日間をかたち作ることになりました。
もしも、ハタオリの部分だけを取り上げる道を進んでいたら、今のような盛り上がりは生まれなかったかもしれません。ハタオリとマチ、それぞれに対するさまざまな人の想いがつながり、交差していくからこそ、ここにしかないイベントが生まれていると思っています。
イベントの開催できない2020年のハタフェスの公式サイトでは、ハタフェスがあったから生まれたことを綴る連載に取り組んでいます。
ハタフェスの公式サイト
https://hatafes.jp/
ハタフェスをきっかけに、街や業界の内外でさまざまな変化が起きました。ある人は地域の関わり方を見つけ、ある人はビジネスの舵を大きく取り、ある人は街に移り住みました。
さまざまな人の人生の岐路にささやかなきっかけを灯せていることは、企画者冥利に尽きます。
さて、驚くべきことに、開催されたハタフェスはこれが最後。しかし2019年、2020年とハタフェスは続いています。さらに2018年には新たに『ハタオリマチのChristmas』というイベントもスタートしました。
次回以降はこの辺りについて触れていきます。
この〈you FUJIYOSHIDA〉の連載の中で、ぼくの記事だけおそろしいボリュームになっていますが(苦笑)。
少し読み応えのあるコンテンツだと思って、気が向いたときに読んでいただけましたら幸いです。